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2010年09月17日

PHASE 1-2 リサーチ(調査)

この段階で、私とアランは、ある密約を交わしていた。
それは、現地人設計スタッフでは最年長で経験も最も長い、マキルを出来るだけ開発主務に推そう、というものだった。
考えてもみて欲しい。このプロジェクトは技術開発計画でもあるのだ。既存技術だけで開発出来る、所謂「製品開発」ではない。
外国人である私やアランが開発の主導権を取ってしまったのでは、計画から生み出される諸々の技術と発想とノウハウは、この国の技術者達に根付かないかも知れない。私達の個人的ノウハウなどには、断じてさせてはならないのである。私もアランも、それまでの2年余り、軽飛行機の機体に小口径機関銃や小型爆弾を取り付けるラックやパイロンを設計する程度の仕事で、望外の高給をこの国の国家予算から貰って来ているのだ。私の妻も、この国での田舎暮らしにすっかり馴染み、今の立場と収入では高いとは云えぬ旅費を使って、故国に里帰りするのを勿体無いと言うようにさえなった。
この借りを、ここで返さなければ、そのチャンスはもう無いだろう。
私もアランも、馬鹿だったのかも知れない。だが、30年経った今でも、後悔はしていないのである。

ちょうど雨期が始まる前の暑い日が続いたのを、今でもよく憶えている。7日間、私は車や工房の業務用機(エンジンだけは新品の、30年も飛んでいる古いセスナ152だった)を飛ばして、国内に3つある空軍基地を、訪問して回った。首都から最も近い、最大の基地には、空軍の業務本部や技術本部があり、整備兵達の教育や選抜を担当している士官とも会えるし、整備兵訓練所もあるのだ。教育担当士官と話し、訓練所を視察させてもらう。現場視察の時には、技手長と一緒に、整備兵達の仕事振りを観察した。彼等と手当たり次第に話もした。
彼等は実直で、正直な男達だった。大部分が空への憧れから空軍を志願した若者で、学歴は平均すると、この国ではかなり高い方になる。識字率が60パーセントのこの国で、ほぼ全員が中学校を卒業しているのだ。富裕な農家の次・三男や、都市部の中流家庭の出身者が大半だった。英語の読み書きの基礎が出来る事が、空軍で整備兵になれる最低条件だからである。彼等の相手の機器類は、大抵、英語で取扱説明書(マニュアル)が書かれているからだ。
しかし、戦闘機部隊を1個中隊(スコードロン)12機程度でも新規に導入するとなると、何人の整備兵がこの国の教育水準と整備兵学校の能力で充当出来るだろう? それに、既にいる整備兵達も、ジェット戦闘機を整備可能なレヴェルまで、再教育するには、どれだけの期間と予算が必要だろうか?
ガスタービン・エンジン搭載のヘリコプターや国王専用のビジネス・ジェットを整備している、他より1ランク上の整備兵達のグループはまだしも、軽飛行機改造機を担当している連中には、さらに1年間以上の一般・専門取り混ぜた教育が必要な様に思われた。
私はこの戦闘機の開発方針に、こう、付け加えようと決心したのである。
新戦闘機は10人程度の整備兵チームによって整備が可能な物であるべきだ、と。現在の空軍の人員規模の拡大には、かなり低い限界を見積もらなければならないだろう。開発にゴーサインが出れば、必要な部隊数と機数が空軍当局で見積もられ、メーカーとしてのRATFに提示されるだろうが、それの実現性確保のためには、1機当たりの所要運用員数を(パイロットも含めて)少なくし、1スコードロンの隊員定数を小さいものにしておかなければならない。

7日目に、私達3人は設計室で顔を合わせた。3人共、自分が集めた資料の束を打ち合せ用のテーブルに、3部置くと、一斉にしゃべり始めて、そして一斉に沈黙した。
何かのコメディ映画でも見ている様で、思わず私は笑い出してしまった。
アランも腹を抱えて椅子から転げ落ちそうだ。遂にはマキルも、周囲で見ていた他の技術者達も、大笑いし始める。その爆笑の渦がおさまるまで、2分や3分はかかったと思う。
緊張は、どこかへ行ってしまった。
呼吸を整えて、最年長の私から資料の説明を始めた。
整備員の質や空軍の教育システムの問題点、この国全体の教育水準から考えて、新戦闘機の整備性・信頼性はかなり高い水準でなければならない。A整備で3人乃至4人、C整備でも10人程度の整備員でまかなう必要があるだろう。それ以上の整備員を必要とする場合、5年以内に3個スコードロンを編成し、36機以上を運用出来るだけの人数の整備員を採用・教育している能力的キャパシティが、今の空軍には無いと考えられるのだ。
1つのスコードロンが全機出撃するなどというのは、10年に1度あるかどうかの事態だろうが、軍隊というのは元々、そういう滅多に無い事態に対処するための組織だ。部隊は、編制上は全力出撃を前提にして組織されるのだから、最低でもA整備を全機同時に行なえるだけの人数が、部隊の整備兵定員になる。所要人数が1機当り3人なら、12機で36人、4人なら48人だ。陸軍の歩兵部隊なら1個小隊である。指揮官は士官1人、軍曹クラス6人程度で済む。これが仮に6人だとすると、72人、2個小隊又は1個歩兵中隊になる。指揮官だけで士官クラス3人、軍曹クラス12人を要する。空軍の志願兵役期間は最低3年だ。スコードロンの整備小隊の編成の中で、職業軍人が7人で済ませられるか、副官クラスも含めて25人以上を要するかが、この戦闘機の整備性にかかっている。
無論、空軍当局に新戦闘機を実戦配備する気が本当にあるのなら、だが、私達(開発担当であるRATF)としては、その前提で開発計画をまとめた方が得策だろう、というのが、私の結論だった。
アランもその辺を考えて装備品の候補をリストアップしていた。無線機やレーダー等の電装品は評価の定まったドイツ製やスエーデン製、アメリカ製が多い。日本製もあったが兵器の輸出制限をしている国なので、駄目だろう。エンジンも、カタログ上の性能は他の先進国製より劣るが、整備性・信頼性で優れるロシア製小型エンジンが多かった。少数、古い基本型のアメリカ製とイギリス製がリストアップされている。途上国向け輸出用戦闘機等に搭載されているエンジンだ。装備品や部品の内、ライセンス生産や国産でまかなえそうな物は、品目点数にして50パーセント程度だった。国内で最も大きな鉄工所なら、機体の外板や小さめの桁(けた)等の構造部材は製作可能だろうと云う。
アランは言ったものだ。
全幅8メートル程度までなら、主翼主桁(メインスパン)も製作可能だろう。ただし、調べた限りでは、半分手作りで、年産5組といったところだ。それも、検査用の測定機を新しく買うか作るかしなけりゃならんだろう。
それが無いと、製作用や組立用の冶具も作れないだろうと言うのだ。安く見積っても2万ドル、たぶん7万ドルを、設備投資費として先払いしなければならないはずだそうだ。
つまり、それだけの予算を、我々工房側としては、この開発計画の経費に上乗せして国から引き出さねばならない事になる。
そこで、私は一つの欲張りな不安にかられた。
それまで考えてもいなかったのだが、開発予算の見積りを、3日後の謁見報告までに、たとえ予備見積りでも、示す事が出来るだろうか? 技術的な可能性ばかりに心を奪われて、そんな事を考えてもいなかった。
国側も、そうなのではないか? 予算配分の内訳を、調査して把握している人は、いるのだろうか?
だが私は、話に聞くアメリカの軍用機開発の、フェーズ分割契約形態を真似た見積りの仕方なら、なんとかなるかも知れぬ、と考えた。基本設計の提出と承認までを、<フェーズ1>とし、そこまでの見積りなら、3日間で出来るのでは、と思ったのだ。

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