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2010年12月01日

PHASE1-3 プライマリ・コンセプトデザイン

さて、マキルが設計室や自宅の資料をひっくり返し、あちこち世界中のめぼしい空軍の広報室に国際電話やインターネットで問い合わせまくった経過のレポートは、私達3人の中で最も厚かった。
東南アジアやアフリカ、それに西アジア諸国の空軍に、用廃となったり耐空性はまだあるが退役した戦闘機が、かなりの数になっているし、技術研究用としてオーバーホールせずに買うのなら、1機2万から5万米ドルで売ってくれる先も幾つかあった、というのである。
買える機種は、戦闘訓練に使えるBAeホーク高等練習機、MiG-21、MiG-23/27の初期型、Su-17の初期型、Su-25、A-37B軽攻撃機、F-5A、A-4軽攻撃機、A-7攻撃機、それに、アジートやクフィルなど、我々同様の第三世界の戦闘機もあった。
マキルはその中で、整備が簡単で高い稼働率に定評があったA-4スカイホークとA-7コルセアⅡ、F-5A、クフィルに、丸印を付けていた。クフィルは二重丸、F-5Aは特に三重丸だ。
若い彼は、超音速戦闘機をやりたかったのだ。F-5Aはクリーン状態でならマッハ1.4を絞り出せる。クフィルに至ってはマッハ2だ。
私は首を振った。
まだ早い。
手初めは、やはり亜音速機が良い。ここには誰も、戦闘機の全体設計に携わった経験者などいないのだ。いくら技術開発とは云え、まともに飛ばせる自信が持てない飛行機を、作りたくはない。
アランも私に賛成した。
F-5Aの代りに、私はアジートに二重丸を付けた。70年代のインドの航空機製作技術で、イギリス製ナットの改造とは云え開発出来た機体であり、カースト制度がまだ色濃く残るあの時代のインドで、中等教育すら受けていなかったかも知れぬ整備員達が、立派に飛び、戦えるように整備出来た機体だ。研究用としてはうってつけで、飛行不能の用廃機でも、手に入るなら望外な事だ。
私はマキルに、超音速機は次にしよう、と言った。
10年後になるかも知れないが、次の開発計画が持ち上がった時には、F-5Aと云わず、F-16でもF/A-18でも、それこそMiG-29でも、1機買って研究しよう。その頃には君がここのボスであり、指導技術者になっているはずだ。君はまだ25才ではないか。
それでも、マキルは不満そうだった。
せっかくの大チャンスなのだ。出来るだけ高性能で基本設計が新しい機体で勉強したい。アジートは確かに70年代機だが、母体のナットは50年代の飛行機ではないか。基本構造は40年代から50年代の設計概念で作られている……。
マキルの言い分は判るが。だが、学ぶべき何が重要なのかは、やはり判っていない様だ。値段が同じだからと云って、超音速機のスクラップを買って来ても、最も学びたい技術が、そこに見付けられないかも知れないのだ。
私は、言ったものだ。
マキル、最重要課題は、この国の空軍の力で、何回でも自信を持って飛ばせる戦闘機を作る事だ。ただ技術を学ぶだけではない。今の我々に活用出来る技術を学ぶ事が大事なのだ。我々は工学者ではなく技術者だ。理想だけで飯を喰わせてもらっている訳ではない。産業的観点での成果を上げねばならない立場なのだ。アジートが古い基本設計なのも、私にすれば結構な事なのだ。現代技術の基礎となった古い技術を知る事は、このRATFの将来にとって、決して無駄ではないはずだ。君が大学で何を学んだにしろ、これだけは胆(きも)に銘じて忘れないでくれ……。
資料の山を抱え込むと、私は宣言した。
さあ、これから第2段階に入るぞ。3人それぞれで概念設計案をこれからの3日間で練り、御前会議に提出する3案にしようじゃないか……。

ミーティングが解散して、私達3人は、すぐ作業にかかった。開発可能と思われる戦闘機の仕様とデザイン案をまとめるため、深夜まで調べ物や、打ち合わせに明け暮れたのである。図面作成のためにCAD(コンピュータ支援設計システム)に向かっていた時間など、せいぜい10時間程度だろう。この段階での図面というのは、企画書のイメージ図の一歩前進しただけの物にすぎない。設計者の考え方を視覚化するためだけの物、とも云える物だ。
最終的には、私達3人は、各々が一つの基本設計案を3日間ででっち上げる事に成功した。それぞれ3ページの薄いレポートで、デザインスケッチ、性能上の特徴、技術上の特徴、予想される開発上の困難と、予想開発期間が明記されていた。
マキルの案が最も高性能を狙ったもので、F-20に似た外観の単発機だった。F-20より小さく、アフター・バーナー無しのアドーア・エンジン搭載。MiG-21の物かF-8のレーダーを搭載し、赤外線追尾式の空対空ミサイルを2発搭載する。機銃は20ミリを2門。緩降下で音速をわずかに超えられそうだ。
アランの案はアジート/ナットに似ていた。肩翼の単発で、やはりアフター・バーナー無しのオーフュース・エンジン。ナットやアジートに適用されて実績のある純ジェットエンジンだ。ひどく小さく、軽いが、赤外線追尾ミサイルか、小型ロケット弾ポッドを搭載する。固定武装として20ミリ機銃を1門。レーダーは照準用の小型で、スカイホークに載っていた物と同型か、クフィルに載っていた物を使う。
私の案は基本形はアランの案と同じだった。アジート/ナットとほぼ同じ大きさで、エンジンも同じオーフュース。他にアドーア、PWC(プラット&ホイットニー・カナダ)のJT15D、PW500シリーズなど、離昇推力1600~2000キログラム程度の低バイパス比ファン・エンジンとしていた。だが、有視界戦闘のみで戦う事が前提で、思い切ってコクピットの透明部分を大型化したので、まるで小型ヘリコプターの様な前半部に、アジートより細い胴体がつながっていた。固定武装は12.7ミリ機銃2、又は7.62ミリ機銃4挺。翼下の兵装ポイントは4箇所としておいた。COIN機としても運用出来る戦闘機としておきたかったので、外部兵装を多様化しておきたかったのである。搭載レーダーは照準用の小型だが、前方監視赤外線(FLIR)ヘッドを搭載する事も可能とした。対地/対人攻撃時に威力を発揮するセンサー・システムで、国境警備用COIN機が対麻薬密輸作戦で重宝しており、ドイツ製のシステムを吊下ポッドの形にまとめて軽飛行機の主翼下に取り付けたのは私達だ。高加速度(高G)機動性を向上するため、フラップは単純スプリット形で、高機動時にも使用可能な物にした。
3案に共通して、フライ・バイ・ワイヤ(電子制御操縦)方式は採用せず、CCV(非安定化高機動性空力概念)設計は用いない事が全員一致していた。今の私達の能力では、手に負えない技術なのだ。
自動空戦フラップについては、前大戦中の日本戦闘機<紫電改>で開発・搭載された物を参考にすれば、パテントの心配もせずに、技術的にも問題無く製作可能と判断し、マキルの案にも採用していた。
主翼は、マキルの案では6パーセント厚の翼断面形で、内側と翼端で断面形状が違う、遷移翼形とし、前縁後退角は20度。
アランの案は9パーセント厚で、対称翼断面の遷音速翼形。前縁後退角は35度。
私の案はただの12パーセント厚の層流翼で、内側も翼端も同じ断面形の単純後退翼。1.5度の捩り下げが付けてあるだけである。前縁後退角は30度。

この3案を前日にはまとめ上げ、所長に提出しておいたのである。私としては所長に、どれか1案に絞り込んで御前会議に提出して欲しかったのだが、彼は多少のコメントを付けただけで、そのまま3案とも持って行く事にすると云う。
所長に言わせると、一晩では考えをまとめ切れない、ということだった。技術開発計画という性格上、実用性を重視するか、技術的な発展性、我が国としての先進性を重視するかは、我々工房側で判断する事ではない、とも言う。つまり「手堅さか、挑戦か」である。
そして、私達3人も御前会議に同行する事になった。

       *

国王は本当に10日で回答が得られたので、喜んでいた。万事がのんびりしたこの国では、1日や2日の遅れは、当たり前だからだ。だが、もっと几帳面で、しかも一応は王制の国から来た私とアランは、国王陛下の勅命に対してのんびり構える事など出来ない。
御前会議には私達4人と国王の他、首相、空軍総司令官、同じく技術部長、作戦部長、文官の統合軍指令室長、国軍財務課長、大蔵大臣、内務大臣がいた。前回の会議より人数が増えている。
会議の開始を国王が宣言した瞬間、前回はいなかった大蔵大臣が、最初に口を開いた。
彼は何百万ドルもする戦闘機を導入する必要も、ましてや自力開発して何千万ドルもの開発費を浪費する必要も、全く認めていなかったのである。声の大きな大臣閣下は、国王をたぶらかしたのは誰だと言わんばかりに、所長をにらんでいた。
彼は今度の計画で、私達がF-15かSu-31でも作るつもりなのだとでも思っているらしい。私達は笑い出しそうなのを、国王の御前という事で、必死にこらえなければならなかったが、文官で航空技術の知識が無く、しかも国の財政を担う彼の責任感と知識からは、当然の心配だったはずだ。彼の長広舌を聞かされながら、この10日間、大臣は大臣で、大変な量の情報を収集し、分析し、勉強して来たのだと悟った。彼は軍用機開発の、経済面での俄かエキスパートになっていたのだ。

大臣の長広舌が終った。締め括り方も技術者の仕様説明の時の様に、はっきりしていた。
プロだ、と思った。

国王は所長をご覧になっている。所長は経費関係での私のレポートを読んでいたが、彼はしたり顔で私に頷き、私が回答する破目になった。
私はペンを弄びながら話し始めた。行儀が悪いことおびただしいが、どうしてもやってしまうのだ。
ぬすみ見ると、国王は微笑しておられる。
私は肩の力を抜いた。
先ず私は、新戦闘機の基本設計案には3案用意した事から、説明を開始した。そして、そのどの案が採用されても全体設計までの第2次開発経費は25万ドルを超えないだろうと断言しておいた。参考研究用の中古戦闘機の購入と当地までの輸送費で、8万ドルを上積みした上で、と付け加えた。延べマン・アワーで1万5000人・時を越える事は無いはずだ、とも言った。実際、最も機体が大きいマキルの案でも、私は1万人・時で全体設計を終えられると考えていた。製作費、試作機で1機当り30万ドルから60万ドル。3機試作したとして90万から180万ドル。その間の第3次開発経費は、修正設計費や試作機の飛行試験費用も含めて180万から300万ドルと見積もっており、500万ドルを超える事は無いだろう、と言った。
基本設計案をまとめ、絞り込む第1次開発経費は1万ドルで充分なので、最大でも526万ドルで、量産――部隊配備用――1号機の製作を開始するかどうかの、決定段階に到達出来るだろう。開発期間は、第2次開発段階(フェーズ2)完了までで1年、第3次開発段階(フェーズ3)で1年。合計2年。工房は通常の業務があるので、小型の軽戦闘機ではあるが、期間は延びる可能性が高く、予定は立て難いと説明した。

首相が質問された。その戦闘機は輸出可能な程の商品的魅力を持ち得るだろうか?
所長が答えた。工房には対外営業活動の機能が無いので、その場合は代理店を頼んで売り込む事になる。それは我々としては考慮する立場ではない。頼んだ代理店に判断してもらった方が的確であろう。
国王が発言された。それを含めて、3つの設計案を検討するために、今この会議があるのだ。自分は我が国が、自力で主力軍用機を開発可能な力をを持つ事を望んだ。これを空軍に配備するか、輸出商品として見做すか、それは自分としてはどうでもよろしいのである。それは君達がこの場で決めてもらいたい。
陛下は私達に顔を向けられた。君主としての威厳に満ちている。
輸出用として、魅力ある製品に仕上げる自信はあるか?
所長が答える。軍用航空機、ひいては兵器にとっての“魅力”とは、今の時代、単に強力なだけではなく、“客”である相手国が仮想敵としてどのような対象を考えているのか、どのような使い方を考えているのか、戦略と用兵思想によって千差万別であり、その“客”の経済力によっても費用対効果の評価基準は差がある。が、それらを一般化した“世界基準”の様なものはあり、それに照らして、競争力がある製品にする自信が持てるのは、第1案以外の2案である。
では、第1案はなぜ提出されたのか? 空軍総司令官が訊いた。
我が国の技術力向上を第一義とした場合の、技術的・産業的挑戦というテーマとして、である。第1案が我が国産業にとっては最も重い負荷を負う設計案である。

皆、重々しく頷いたが、次の発言者が、爆弾を落とした。

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