さぽろぐ

読書・コミック  |札幌市中央区

ログインヘルプ


2013年04月25日

PHASE1-6 ファイナル・コンセプトデザイン

なぜそうなったのか。
とにかく私としては帰宅して妻に話してやれる、確たる理由が必要だ。故国にいて自分の仕事に専念している、まだ若い息子は、これを誇りとしてくれるだろうが、やはり向こう5年はどうあっても帰国出来ないとなれば、妻にとっては大問題だ。
すでに所長は、自分のオフィスに戻って、政府に提出する人事報告書に、私の名前を書き込んで、署名してしまっている。
彼が本気なのは明らかなので、もう設計主務の件は飲まざるを得ない。
となれば、後はアランとマキルの動機だ。
特にアランだ。なぜ密約に反して、私を推したのか。
私はアランを設計棟の裏に呼び出した。
別段、周囲に不思議に思われることは無い。なにしろ設計室は禁煙で、私もアランも愛煙家なのだ。

アランも私が何を言い出すのかは、予想していただろう。だが、彼はさしたる緊張感も見せずに、私に言ったのだった。
リケル、頼むよ。この開発プロジェクトは義理堅い君にしか完遂出来ないだろう。
だがアラン、私の民族のことを言うなら、君の国の技術者の粘り強さだとて、世界的な定評があるじゃないか。だいたい、なぜマキルを推すという約束を守らなかったのだ。
アランの答は、意外なものだった。
リケル、すまない。私は、マキルに私達の計略を話してしまったのだ。
なんたることだ! それでは密約でもなんでもないではないか!
リケル、君は我が民族について一つ誤解している。我々は、君が考えている程、陰謀好きではない。あの噂は、我が故国のスパイ組織が優秀だというだけにすぎないし、私自身は嘘は嫌いだ。
読者諸君。ひとつ断っておきたい。アランに代表されるヨーロッパ人の「私は嘘を申しません」という台詞程、信用出来ない言葉は滅多に無い。私はこの時のアランの笑顔を見た時ほど、この真実を実感したことは無かったのだ。
アランは続けて言葉を継いだ。
だがリケル、私はマキルに、それを受け入れて開発主務を拝命するべきだ説得するために話したのだ。私や君に主務を譲れと言ったりはしていない。これは神と私の名誉にかけて本当だ。
しかし、君も知っているだろうアラン。マキルは義理堅く、若く、私達を尊敬してくれている。彼が予めこの話を聞いていれば、私達の目論見に反対するのは判り切っていた事ではないか。土壇場まで話さないでおくのは、理の当然だったはずだ。君がそれに気付かないはずは無いのだ。
判っていたよ。確かに私達の目論見は確実にこの国の航空技術の進歩を10年は後押ししたはずだと、今でも信じている。だが、それと同時に、私達は私達の弟子である彼等の信頼に応える義理があるはずだ。彼等は私達が、必ず高みに連れて行ってくれるものと信じてくれている。いよいよというこの時に、私達が一歩退くような振舞いをすれば、彼等は傷つき、裏切られたような気分になるだろう。
アラン、しかし……。
マキルは私同様、副主務として働かせる。うまく量産型設計まで持ち込めれば、その時こそマキルにすべてを譲り渡そう。私の思惑はそういう事だよ、リケル。

2人で4本の煙草が灰になっていた。云い方を代えると、それだけの時間で議論は終了していたのである。
私達は設計室に戻ったのだった。

それからは私も、もうあきらめた。その日に帰宅してからの妻とのやり取りがどうであったかは、ここでは述べないが、彼女がこの国の今の家に、そのまま残ってくれたとだけは、書いておいても今の彼女に恨まれないだろうと思う。

設計室に戻った私が、先ず主務者として最初にやった事は、三つのメインモジュールに分割して担当を決める事だった。担当を決めたら、各自担当モジュールに搭載する購入品で決まりきっている物の、選定を開始する。予備選定として購入候補品のリストを作るところからだ。
先ず、私は三つのメインモジュールを「胴体」「主翼」「尾翼を含む動翼」に分類した。私が「動翼」を取り、アランが胴体、マキルが主翼を担当することとし、それぞれに助手として若手技術者を1人ずつ配属することにする。ただし、助手の配属は開発の各段階で必要なセクションに割り振りし直すこととし、固定はしない。脚は、基本設計案を3人合議で決定してから、胴体担当のアランにするか、主翼担当のマキルにするか、追加決定する。
私が基本設計案を取り纏めている間は、アランには胴体搭載の電装関係の調査継続。マキルにはエンジン候補の最終選定リストの作成を頼んでおいた。基本構造を含めて簡単な3面図にまとめるのに、1日あればいいだろう。

それから、私は留守中にアランとマキルが進めていた構造案に目を通したのだった。

私が国務省に所長と行っている間に、アランとマキルが進めていた胴体構造の基本設計案は、マキルが留学中に大学で学んできた構成の一つを採用したものだった。
胴体後端のテールパイプの下半分が、蝶番によって開閉するようになっていたのである。BAEホークに採用された方式だ。テールパイプ内に作り込まれるエンジン・マウントは、総てのエンジン結合部が吊り下げ方式での構成になっている。
つまり、エンジンの着脱は、テールパイプの下側を開き、台車を下に入れ込んで、その上にエンジンを降ろせば良い。機体後方にエンジンを引き出す操作が、不要になり、整備性を高められ、整備時間の短縮だけではなく、整備要員の人数削減にもなる。
さらには、エンジンを降ろす判断基準を甘めに設定出来るようになり、B整備までの、機体装着状態での整備の内容を、簡略化出来るという寸法である。
他、コクピット仕様は基本的に私の案を採用することにしたが、オーソドックスなコクピットに簡単に戻せるよう、縦通材の交換だけで再構成出来るようにしてあった。実物大模型を使ったモックアップ審査は、空軍のパイロット達や空軍の高官連中、テストパイロットを呼んでやるつもりだったので、変更要求には容易に対応出来る設計にはしておきたい。どちらにしても、キャノピーは後方から見ると胴体上に突き出して見えるようにはして、パイロットの後方視界を良好なものにしておきたかったので、コクピットが収まる前部胴体の高さは、地上姿勢でやはり1.8メートル以下とするのがせいぜいとなった。キャノピー下端の高さは、踏み台程度を使えばパイロットが跨ぎ越えられたというアジートより、わずかだが高くなってしまうだろう。
電装関係の搭載スペースについては、コクピット後方、中央胴体の上部という以外、詳細は決めていなかった。これは空力シミュレータで、ある程度、空気取り入れダクトの胴体内形状が決まるまで、未決事項なのだ。空気取り入れ口(エアインテーク)の配置は、コクピット後方の両側に左右振り分けで配置するという、オーソドックスなものだった。
だが、これ以上は詳細設計になってしまう。いや、ここまででも、概念設計としては少し踏み込み過ぎなくらいなのだ。
私はアランに、胴体の基本構造にはもう手を付けず、マキル担当の主翼構造の基本設計の支援に回るように指示した。

翌日、私は設計室の壁に、この国の大きな地図を張り出した。
そして、ひもと赤ペンを取り出し、赤ペンで地図上の3箇所に印をつけた。
ひもを引き出し、端に小さな輪を作る。ひもの途中にも、等間隔でペンが入る輪を作る。地図の縮尺で、150キロ間隔で、3つ作った。最初の輪と2個目の輪の間隔だけは、300キロにしておいた。
3つの地図上の印は、空軍基地の位置である。

あなたにおススメの記事

同じカテゴリー(軽戦闘機 ロア)の記事
 PHASE1-7 ベーシック・デザイン・ポリシー(基本設計方針) (2014-01-23 02:09)
 PHASE1-5 チーフ・デザイナ(設計主務) (2011-08-28 01:16)
 PHASE1-4 セカンダリ・コンセプトデザイン (2011-02-12 18:30)
 PHASE1-3 プライマリ・コンセプトデザイン (2010-12-01 22:21)
 PHASE 1-2 リサーチ(調査) (2010-09-17 20:48)
 PHASE 1-1 プロジェクト・オーダー(開発指令) (2010-08-02 19:33)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
PHASE1-6 ファイナル・コンセプトデザイン
    コメント(0)