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2014年01月23日

PHASE1-7 ベーシック・デザイン・ポリシー(基本設計方針)

私はひもの端の輪に首付きの画鋲を掛け、基地の印の一つに刺した。300キロの位置の輪に、赤ペンを差し込んだ。
要するに、即席のコンパスである。
これを使って、3箇所の空軍基地から赤い同心円を描いた。300キロ、450キロ、600キロの半径を持つ3重円が3つ、という事である。
特に私は、450キロの円の赤線を、ことさらに太く描いた。この半径が、この国の国土のほぼ全部を3つ円で覆い、かつまた隣国との国境上空の3分の2をカバーする。領海の半分も、この円内だ。
 作戦時、最大に進出出来る距離を、「戦闘行動半径」という概念で言い表すのだが、新戦闘機に必要な航続距離の、ひとつの指標である。標準作戦装備での、新戦闘機の最大搭載燃料で、どこまで基地から進出出来るのかを表す数値だ。
 知らない読者もおられるだろうと思うので解説すると、軍用機という物は大概の作戦行動では、基本的に基地を出発したら同じ基地に、無着陸で帰投する。つまり作戦空域まで進出して作戦行動を行ない、出発した基地に帰るのである。
 当然「標準的な作戦行動」というものは実戦では存在しないが、想定としては規定する事が出来る。幾つかの想定「標準的」パターンでの作戦行動で、軍用航空機が基地から進出出来る最大距離の事を「戦闘行動半径」と呼ぶのだ。
 新戦闘機の場合、基地を離陸してから高度6000メートルを経済速度で巡航進出し、約15分間の索敵行動(経済速度のまま)の後、発見/追尾した目標を攻撃するために5分間のエンジン全開での機動飛行を行なった後、基地に帰らなければならない。基地上空での15分間の上空待機の分も、燃料搭載量に上乗せにするのが、各軍用航空機メーカーでの常識になっていた。
 たった5分間だが、全開での5分間の燃料消費量は、経済速度で巡航する場合の3倍から5倍になる。なおかつ飛行速度は1.5倍程度にしかならない。
 我々に課せられた新戦闘機の戦闘行動半径は、この時点ではあくまで私の私見だったが、450キロは最低必要であるという事だった訳である。当面の開発目標値というのは、正式な仕様書を受け取る前では、かなりの余裕を持った、考え得る最高の目標数値にしておくべきだと、私は考えていた。
 私は設計室の全員に向かって宣言した。
 みんな、新戦闘機の最大戦闘行動半径は、索敵ミッションで300カイリ(540キロ)を目標にし、最低250カイリ(450キロ)を絶対クリアラインとする。大雑把に見て、フェリー・ミッションでの最大航続距離にして700カイリ(約1300キロ)だ。
 これは、400ノット(時速720キロ)以上の経済速力になると予想される新戦闘機の最大飛行時間は、2時間程度にはなるという事でもあるので、コクピットの人間工学的設計は、あまり窮屈であってはならないという事にもなる。コクピット設計担当は、そこのところを留意していてもらいたい。
 巡航時の安定性についても同様だ。あまりじゃじゃ馬では駄目なのだと、考えてもらいたい。パイロットを不必要に疲れさせてはいけないのだ。
 標準的ミッションで1ソーティの飛行時間は90分以上になる可能性があるのだから、その時間内を緊張しっ放しにさせるような乗り物では、それだけで帰投率に影響しかねない。

 だが、機体の規模が単発セスナ程度のものでしかない計画は、変更しない。もうこの時点で、この新戦闘機の開発計画は、結構な無理難題になってきていたのである。それを、RATFにその時所属していた、6人の設計技術者と3人の生産管理技術者、12人の組立技能者でこなさねばならないのだった。

      *

 昼には、2日前に技手長から昇進したばかりの工務長が設計室にやって来た。
 設計案が正式に承認された場合──その公算は高かったが──必要な先行手配の打ち合わせだった。
 先ず、実験設備が足りなかった。
 試作機の全体組立作業に必要な、大型定盤もRATFには無い。これも、なんとかしなければならない案件だった。
 風胴の対応速度と容量が足りない。初めての全体開発なので、今までの小さな風胴では、適用する模型が小さすぎて、充分な近似値が得られないのだ。
 胴体の予圧キャビン全体の技術検証に必要な、加圧試験機も無かった。
 これは今回の新戦闘機開発プロジェクトだけに使われる物ではないので、RATFの設備投資として、別枠で予算計上し、国に予算要求しなければならないのだが、これもRATFで内部製作する場合も想定出来るので、設計見積りが必要になるのである。
 
      *
 翌日、私が先ず基本設計案のラフスケッチを描き上げ、チームに示した。
 基本的な機体構成は、2回目の御前会議で示した私の設計案のままだったが、コクピット回りの容量を増加し、無線機や最低限の電子機器の他、計器表示モード切り替え等に当てるプロセッサーの搭載スペースを確保しておいた。
 マキルのアイデアだったのだが、有視界戦闘中心での操作性が飛行制御の主体となるコクピットレイアウトで、FPD2枚と固定計器6台程度で総ての所要データ表示は、飛行モードを細かく切り替えて、その時々の飛行モードによって必要なデータのみ表示するように表示モードも自動で切り替えられるようになっていなければ、パイロットの負担がひどく大きくなってしまうと考えられたからだ。
 主翼は6パーセント厚の層流翼型で、前縁後退角35度、前縁の60パーセント幅部分にドッグツースを付け、尾翼は前縁後退角45度の単垂直尾翼に中低翼配置の水平尾翼の配置とした。主翼からの吹き下ろしの影響を抑制するため、水平尾翼の前には前縁後退角65度のストレーキ・フィンを接続する。このドッグツースとストレーキの大きさは、飛行試験段階では最初は大きく作り、試験結果を検討しながら小さくしていく計画とした。
 また、試作機の具体的空力形状決定の前に、どの様な細部変更でも、模型による風胴実験かCAEによるシミュレーションを経なければ、実機への適用はしない事を申し合わせた。

 頭でっかちになっては絶対にいけないし、気負ってもいけない。
 それが、事故無く開発を進めるための心得なのだ。

 どのような機械も──特に人間の生死が関わる機械である乗り物は──開発は構想設計より完成型に至る経過そのものの計画(方針とか指針とか、世間で言っているものだ)の方が、無事故で開発計画が終了出来るか、最低限の安全性が確保出来るかを決めるのである。
 私達は開発方針の決定に、実際、その後まる2日の期間を、議論のために使ったのだった。

 最終的に決まった、メーカーとしての提案書の形態を取る構想設計書の内容は、次の様になった。

 新戦闘機の機体サイズは、全長9.5メートル、全幅6.2メートル、全高2.8メートル。開発目標総質量は、最大離陸質量4.2トン、自質量2.5トン、標準武装の機内機関銃に700発の12.7ミリ弾を装填した状態で、索敵・迎撃作戦仕様で戦闘行動半径450キロを実現可能な燃料を積載した、基準総質量で3.6トンとした。

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